PEOPLE

2017/08/03

インタビュー:もっと知りたい鳥取人

①家庭料理「くらよし」青木享子さん

「FOOD」ページに登場の家庭料理のお店「くらよし」。店主の青木享子さんのことが知りたくて、青木さんの上京ストーリーを伺いました。

――青木さんは、お店の名前(「くらよし」)から考えると鳥取県倉吉市のご出身ですか?
実は、生まれは満州なんです。中国のハルピンから引きあげてきました。両親も鳥取には縁もないんですが、姉が嫁いだ先が倉吉の人だったので、みんなで鳥取の倉吉に移ったんです。それですっかり倉吉の町になじんで暮らしていました。

――上京したのは何歳のときですか?
何歳のときだったかな。まだ二十歳前です。わたしは7人兄妹で末っ子なんですが、すぐ上の姉が結婚して上京したんですね。そしたら、今度はみんなで東京に引っ越しです。なぜかみんなでぞろぞろ来ちゃうんですよね、うちの家族って(笑)。みんなで暮らして、とても楽しかったですね。

――上京してすぐに「くらよし」を開店したのですか?
いえいえ。はじめは、洋装の仕事をしていました。でも、つらくてつらくて…。朝早くから夜遅くまで働いてね、ほかの人はお休みをしているお正月やクリスマスも徹夜で仕事。冬は職場も寒くって、足元に火鉢を置いて仕事していました。それでも寒かったわねぇ。1年半くらいで辞めてしまいました。

それから、友達が銀座で働いていて独立するということで、お店の金庫番としてお手伝いに行ったんです。その後も、友達の新しいお店(ステーキハウス)も手伝ったりしていました。それから、このビルが建って、店舗開店のご縁があって「くらよし」をオープンしました。このビルが建ったときだから50年くらい前。そのときからこのビルでお店をしているのは私だけになりましたね。

――オープン当時のことをぜひお聞かせください。
銀座でお店を手伝っていたときのお客さんが開店日からたくさん来てくださって、毎日行列ができるほど繁盛していました。「くらよし」という名前は、じつは母が決めてくれました。母が、「繁盛しますように」と岡山にある神社の神主さんにいくつかの店名候補を見てもらってきてくれて、それで「くらよし」に決まったんです。

せっかく名前が「くらよし」だからと、倉吉にいる知り合いにいろいろな食材を送ってもらって料理して出していました。鳥取って、いまよりももっと行ったことない人が多かったから、興味を持ってくださるお客さんも多くて、カニなんかもとても喜ばれて、よく取り寄せていましたね。いまもですが、倉吉のお酒も送ってもらっていました。

――いまも倉吉のものを大切にされていますね。やはり鳥取のお客さんが多いですか?

昔ほどではないですが、多いですね。でもいまは、ネットが普及したからでしょう、「新宿で終電を逃して、困って検索したら出てきて…」と、サラリーマンの方がいらっしゃったり、とても若い女性の2人組が来店してくださることもありますよ。常連さんが、私よりも先にお客さんにお酒の頼み方を伝えてくださったり(「くらよし」ではビールは自分で冷蔵庫から取り出すシステム)、料理を運ぶのを手伝ってくれたり、そんな温かいサポートのおかげで、いまも続けることができています。

――まだ「くらよし」に来たことがない方に、嬉しいお知らせはありますか?
「7」がつく日は、「炊き込みご飯の日」と決めています。たけのこご飯だったり、きのこだったり。「ちょっと行ってみようかな」というきっかけにしてもらえたら嬉しいです。

あと、家庭料理が食べたいなって思ったらぜひいらしてください。じつは、「くらよし」を知っていらっしゃる方が、お子さんに「東京に行ったら『くらよし』に行きなさい」って言ってくださる方がいらっしゃるみたいで、お子さんが「家庭料理が食べたくて」と来たりするんです。

新宿は居酒屋さんも多く、若い方が一人でふらっと行けるお店がなかなかないかもしれません。「くらよし」のカウンターごしには、必ずわたしがいますから、気軽に安心して来てください。季節のお野菜を使った料理をいろいろ用意して待っています。

*******毎日食べても体にやさしく、ほっとする「くらよし」の味。ときには青木さんもお酒をご一緒してくれたり、常連さんと話しがはずんだり。もちろん一人で静かにゆっくり過ごす時間も大切にしてくれるお店。一人で切り盛りしてとってもお忙しいなか、インタビューにご対応いただき、ありがとうございました。