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山縣良和インタビュー
水木しげるへのオマージュを込めた「gege」への想い

2016年3月16日、山縣良和さんのファッションショー「gege」が表参道ヒルズで開催されました。「gege」は、鳥取の方言「下下(下の下、または〝びっくり〟を意味する)」であり、漫画「ゲゲゲの鬼太郎」の作者・故 水木しげる氏へのオマージュを込めてつけられたタイトル。今回のショーを終えた山縣さんに、いま、これからの思いを聞きました。

妖怪を通じて日本人のファッションデザインをより理解できた

ショーを拝見しました。猫娘や烏天狗、一つ目お化けなど、たくさんの妖怪が出てきましたね。

モデルに特殊メイクをほどこし、妖怪の世界をよりリアルにつくりました。妖怪をテーマに制作したことで、ファッションのことをより理解できたと感じています。
というのも、世界における日本人のファッションデザインってなんなんだろうと考えると、奇形的なものを得意とするというのがあるんですよね。からだのシンメントリーにつくっていくというよりかは、袖がずれていたり、からだの軸を崩しちゃったりっていうのがある。奇形性を持ったデザインなんです。

その精神が、なぜ日本人にあるのかっていうところが気になっていたんですが、妖怪性な精神を持っているからではないかと。今回、水木しげるさんが描いた世界を自分なりに見つめ直すなかで、そのことがより理解できました。

水木しげるさんの世界と、日本人のファッションデザイナーの感覚がつながっているとは驚きです。

そうなんですよ。だから、びっくりしました。そして、今後もすごく大事なことが学べたなと思いました。 じつは、妖怪のルーツの一つが、一つは奇形的な人間だったりして、差別されていた人だったりする。水木さんはその差別されていた妖怪と共存する世界観を打ち出しました。そしてその奇形的なものとの共存した世界観や奇形なデザインは、日本のファッションデザイナーの先人たちが、すでにファッションの世界に落とし込んで、本場のパリで発表しています。「コム・デ・ギャルソン」などがそうです。

最初ヨーロッパでは「こんなのファッションじゃない」って言われていたんだけど、だんだん受け入れられていきました。ヨーロッパでは、ファッションっていうのは、やっぱりすごくポジティブで楽しく着たいなっていうのがあるから、ネガティブ表現が受け入れられていないんです。そういうのをぶちこわしたのが「コム・デ・ギャルソン」や、「ヨウジヤマモト」でした。 ぼろぼろの服の〝浮浪者ルック〟だったり、〝ボロルック〟だったり……。真っ黒な服というと、すごく洗練した色でもあるんですが、一方では喪服の色ですよね。「ハレ」ではなく「ケ」の服。

ヨーロッパでも冠婚葬祭のときに着る色で、さらに魔女的な意味もあったりするので、日本人のデザイナーがその色を主に持ってきたっていうのは衝撃だったと思います。
でも、そうやってファッションの「陽」の世界に「陰」を入れ込んで陰影を生んだ。コム・デ・ギャルソンの川久保さんや、ヨウジヤマモトの山本耀司さんのように、その精神性は僕らの世代にもある。

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さまざまな価値観が混ざり合った世界を描きたい

ヨーロッパには、妖怪的な概念はないのですか?

例えば、フランケンシュタインとか妖怪っぽいものはいますけど、あくまで、すごく人間的なかたち。ドラキュラやゾンビもそう。そんなに人間からずれてないんです。でも妖怪って、それこそめちゃくちゃいろんな種類がいるじゃないですか。「ゲゲゲの鬼太郎」でいうと、一反もめん、ぬりかべ、目玉おやじとか。水木さんが描いた世界っていうのは、ありとあらゆる奇形が共存した世界かなって思っていて、その世界観はとくにキリスト教圏であるヨーロッパの環境では生まれにくい概念なんですよね。

僕のものづくりの特徴は、さまざまな価値観が織り合わされ、混ざり合った世界です。水木さんは、排他されてきたものを中心で描き、共存した世界を描いています。僕が描く世界はまだまだ小さいですが、僕も、これからもさまざまな価値観が混ざり合ったより大きな世界を描けるようになりたいです。

今回、「gege」の制作にあたり、因州窯や弓浜絣などの工房を訪ねたそうですね。地元の素材を使ってみて、難しかった点、おもしろかった点を教えてください

難しかった点でいえば、まず機(はた)屋さんがないんですよ。弓浜絣は手織りなので、すごくすばらしいのですが、超高級素材。使いたかったんですが、服を作るとなると100万円を超えてしまう……。買える洋服に落とし込むことがなかなかできないのです。そういう素材の難しさがありました。
ただ、その延長上でなにかプロダクトを使えるんじゃないかって考えていった結果、「砂」や、和紙を使ってみたいと思いました。

因州和紙を使うおもしろさはどんなところでしたか?

紙なので、形状化できること。布ってフラットに織っていくじゃないですか。でも紙って型があれば、そこにぺたぺたと貼っていけばかたちになる。何かのかたちをキープするっていうアイテムがファッションの中にもあるので、因州和紙でもいろんな形状をつくれるっていうところで表現手段としての可能性を感じ、今回帽子をつくりました。

因州和紙でつくった帽子
因州和紙でつくった帽子

因州和紙は、青谷町の中原商店さんを訪ねました。伝統工芸士である中原剛さんと息子の寛治さん親子です。ショーの当日は、鳥取から観に来てくださいました。

鳥取砂丘の砂も使っていましたね。

鳥取の素材のキーワードって、やっぱり「砂」だと思ったんですよ。鳥取砂丘もあるし、弓ケ浜半島も砂じゃないですか、そこに水木しげるさんや、植田正治さんがいて、砂によって文化的なものがつくられているなぁと思って。だから今回、僕も砂を使いたいと思いました。

モルタルマジックさんが鳥取砂丘の砂を使って、さまざまなプロダクトをつくっているのを、お土産屋さんとかでちょこちょこ見ていて、以前からおもしろいなって思っていたので、今回共同制作を相談しました。
「砂のウェディングドレス」もつくりました。これは重さが15kgにもなりました。モデルの小松菜奈さんに着てもらいましたが、感想は「重かった」と(笑)。

砂のウェディングドレス。イメージは「砂かけばばぁ」
砂のウェディングドレス。イメージは「砂かけばばぁ」

なんにもないコンプレックスから、何かが生まれるのが鳥取のおもしろさ

境港市にある「水木しげる記念館」にも行ったそうですね。

すごくおもしろかったです。館内で放映されている水木さんへのインタビューVTRで、水木さんが「いやぁ、鳥取とか見てないよ~。島根だよ、島根」って話していて、「えー!そうなの!(笑)」と。
鳥取の人って〝なんもないコンプレックス〟というか、〝なんもない〟という自虐的な精神性っていうのを持っているように僕は感じているんですが、水木さんもなんだなぁと。
だけど、〝なんもないけど近くにはなにかある〟という環境性が、隣の島根県とかの神様の国に憧れて、神秘的な世界観への憧れの中から生まれる妄想があるんじゃないかという仮説を立てたんです。

それは植田正治さんの世界観にもつながっています。植田正治さんの作品も非日常じゃないですか。いわゆるリアリティではない。非日常なファンタジーなので、リアリズムとそれが対比されていますよね。水木さんも間違いなく、あっち側のひと。
僕もあっち側なので(笑)、この精神性を持ってファッションを追求していくことが、やるべきことなんだなって。先輩を見て、僕もこれからの生き方を学びました。

いま気になっているテーマはありますか?

その精神性はもっともっと掘り下げたいですね、妖怪っていうものになるかは置いておいて、世界で勝負するにはそういうところをやっていきたいっていうのは思っています。
日本人は、人間が創り出す合理的でシンメトリー的な世界観に対して、どこか心地悪さを感じてしまうメンタリティの持ち主です。情緒的なアンバランスな心地よさを、たぶん性質的に持っている。そういうのって今後も気になりますよね。

「VISCUM」は東京の中の鳥取を紹介する媒体です。今回鳥取をめぐって見つけたおすすめのスポットを教えてください。

んー。どこなんですかね(笑)。ベタなとこしか出てこないなぁ。えーと……どこだろう。どこだろう。どこだろう。浦富海岸かなぁと思ったんですけど、浦富って言ってもねぇ。まぁそんな感じですかね……。

インタビュー・文 齋藤春菜 写真 松村隆史
山縣良和
山縣良和

1980年鳥取県生まれ。セントラルセントマーチンズ美術学校卒業。ジョン・ガリアーノのデザインアシスタントを務めた後、帰国。2007年リトゥンアフターワーズ設立。2014年毎日ファッション大賞・特別賞を受賞。2015年、LVMH Prizeの選抜候補26名に日本人初として選抜。2016年にパリColetteのウィンドウディスプレイを担当。「ここのがっこう」を主宰。